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8月17日(日)23:00~放送の▶情熱大陸に、ものまね界のレジェンド・コロッケさんが登場します。

45年の芸歴で初めて2ヶ月もの長期休養を余儀なくされた膝手術からの復帰劇に密着。

1000種類を超えるレパートリーを生み出す創作の秘密「目で聴いて、耳で見る」という神髄や、母子家庭で育った原点、そして65歳で挑む新境地まで徹底解説。

「もうステージに立てないかもしれない」という不安を乗り越え、病室で構想を温めた新たな芸で復帰コンサートに挑んだコロッケさんの感動ストーリーをお届けします。

 



コロッケのプロフィール・経歴


情熱大陸

ものまね界のレジェンド・コロッケさんの輝かしい経歴を詳しく見ていきましょう。

45年間の芸能生活で積み重ねた実績は、まさに日本のお笑い界の宝です。

基本プロフィール

1960年に熊本県で生まれたコロッケさんは、本名を滝川雅弘といいます。

1980年に日本テレビ「お笑いスター誕生」でデビューし、その後フジテレビでものまね四天王として人気を博しました。

45年という長い芸歴の中で、常に第一線で活躍し続けているものまね界の重鎮です。

項目 詳細
本名 滝川雅弘
生年月日 1960年(熊本県生まれ)
デビュー 1980年「お笑いスター誕生」
芸歴 45年(2025年現在)

主な受賞歴・社会貢献

芸能活動の傍ら、東日本大震災の被災地支援を精力的に行い、国からも高い評価を受けています。

特殊詐欺の被害を食い止める活動や法務省矯正支援など、社会貢献活動にも積極的に取り組んでいるんです。

エンターテイナーとしてだけでなく、社会的責任を果たす姿勢が多くの人々から尊敬されています。

年度 受賞・活動内容
2012年 防衛省防衛大臣特別感謝状授与
2014年 文化庁長官表彰受賞
2018年〜 警察庁特別防犯支援官
2019年〜 法務省矯正支援官

ものまねの原点

コロッケさんのものまねは中学2年生のバス旅行で始まりました。

母子家庭で育った環境が、今の芸風の礎となっています。

姉と一緒に「ものまね遊び」をして寂しさを紛らわした経験が、現在の1000種類を超えるレパートリーの原点となったのです。

 

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膝手術と2ヶ月の休養について


画像引用:https://www.sanspo.com/article/20250320-SWXSPTQ4T5IBXLFXF7W63WATMY/

2024年5月、コロッケさんは都内の病院で人工関節手術を受けていました。

45年の芸歴で初めて、2ヶ月もの長期休養を余儀なくされた衝撃の事実があります。

体を張った芸が招いた怪我

長年にわたって体を張ったパフォーマンスを続けてきた結果、両膝を深刻に痛めてしまいました。

ステージでの激しい動きや、観客を楽しませるための身体表現が積み重なった結果です。

「もうステージに立てないかもしれない」という不安が、レジェンドの胸を襲いました。

病室でも衰えないプロ意識

入院中も無精髭をはやし、全体的に痩せて立つこともやっとの状態でした。

それでも病室では気丈に振る舞い、取材スタッフにものまねを披露する姿は、まさにプロの証でした。

回復が遅れる中でも、芸への情熱は決して消えることがありませんでした。

誰にも見せたことがない不安

表向きは明るく振る舞っていましたが、胸の内には深い不安を抱えていました。

ものまね界のレジェンドでも、人間として当然の弱さや恐れがあったのです。

この経験が、後の新たな境地への転機となることを、この時はまだ誰も知りませんでした。

ものまね創作の秘密「目で聴いて、耳で見る」

コロッケさんが1000種類を超えるレパートリーを生み出す創作の神髄に迫ります。

「目で聴いて、耳で見る。そうすると、見えないものも見えてくる」という独自の哲学が凄いんです。

1000種類のレパートリーを支える観察力

郷ひろみ、野口五郎、森進一といった昭和の大スターから、BTSやEXILEまで幅広い世代をカバー。

この驚異的な数のものまねを可能にするのは、常人とは異なる観察眼です。

対象となる人物の本質を瞬時につかみ、絶妙にデフォルメする技術こそがコロッケ流。

五木ロボットひろし誕生の裏話

五木ひろしさんのものまねをロボットへと昇華させた「五木ロボットひろし」は代表作の一つです。

単なる物真似を超えて、全く新しいキャラクターとして創造したことで幅広い世代を爆笑させました。

これこそが「見えないものも見えてくる」という境地の実例といえるでしょう。

音と映像を超えた感性

普通の人は耳で音を聞き、目で映像を見ますが、コロッケさんは逆の発想を持っています。

視覚的な情報から音を感じ取り、聴覚的な情報から映像を想像する独特の感性。

この特殊な能力が、他の芸人には真似できない唯一無二のものまねを生み出しているのです。

創作プロセスの秘密

新しいものまねを作る際は、対象の人物を徹底的に研究します。

表情、仕草、話し方だけでなく、その人の内面や人柄まで理解しようと努めます。

そこから生まれるのは、単なる模倣ではなく、愛情に満ちたオマージュ作品なのです。

 

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母子家庭で育った原点と座右の銘

コロッケさんの芸の原点は、熊本での幼少期にありました。

母子家庭という環境が、現在のものまね芸人としての基盤を築いたのです。

姉との「ものまね遊び」が始まり

働く母の帰りを待つ間、ひとつ違いの姉と過ごす時間が長くありました。

寂しさを紛らわすために始めた「ものまね遊び」が、今の芸の出発点となっています。

子供の頃の純粋な楽しみが、後に1000種類のレパートリーへと発展していったのです。

母から教わった人生哲学

89歳になった母親との再会シーンでは、コロッケさんが少年の顔に戻っていました。

母の信念である「笑うとが人間たい」という熊本弁の言葉が、芸人としての原動力となっています。

人を笑わせることの大切さを、幼い頃から母に教え込まれていたのです。

座右の銘「あ・お・い・く・ま」の意味

「焦るな、怒るな、威張るな、腐るな、負けるな」の頭文字を取った言葉です。

この5つの教えが、45年間の芸能生活を支え続けてきました。

特に今回の膝手術による長期休養でも、「腐るな、負けるな」の精神で乗り越えたのです。

熊本愛と家族への思い

取材期間中の熊本里帰りでは、故郷への深い愛情が感じられました。

母子家庭で苦労をかけた母親への感謝の気持ちが、社会貢献活動の原動力にもなっています。

防犯支援官や矯正支援官としての活動も、母から学んだ「人への優しさ」から生まれているのです。

 

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7月復帰コンサートへの挑戦

2ヶ月の休養を経て、コロッケさんは7月のソロコンサートで本格復帰を果たします。

病室で構想を温めた新たな芸にも挑戦する、65歳レジェンドの不屈の精神。

病室で生まれた新境地

入院中も創作意欲は衰えることがありませんでした。

ベッドの上で考え抜いた新しいものまねは、これまでとは違う境地を表現しています。

「傷だらけ」になって辿り着いた新たな表現が、観客にどんな感動を与えるのでしょうか。

レジェンドの挑戦は続く

65歳という年齢でも、まだまだ進化を続けるコロッケさん。

膝の手術を乗り越えて立つステージは、これまで以上に意味深いものとなります。

大爆笑は再び起きるのか、その答えは7月のコンサートで明らかになりました。

次世代への影響

45年の芸歴を持つレジェンドの復帰は、多くの後輩芸人にとって希望の光です。

困難を乗り越えて再びステージに立つ姿は、芸能界全体への励ましのメッセージでもあります。

コロッケさんの挑戦は、ものまね界の未来を照らし続けているのです。

 

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まとめ

コロッケさんの情熱大陸出演は、65歳という年齢でも挑戦を続けるレジェンドの姿を映し出しました。

45年の芸歴で初めての長期休養を経て、新たな境地に辿り着いた不屈の精神。

1000種類を超えるレパートリーを支える「目で聴いて、耳で見る」という独自の創作哲学は、他の追随を許さない唯一無二の技術です。

母子家庭で育った原点や、母から教わった座右の銘「あおいくま」が、社会貢献活動の原動力にもなっています。

膝手術からの復帰コンサートで見せた新しい芸は、まさに「傷だらけ」になって至った新境地の証明でした。

ものまね界のレジェンドは、これからも私たちに笑いと感動を届け続けてくれることでしょう。

 

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

 



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