
26日目では「是大神呪・是大明呪」——般若の智慧が真言として讃えられる部分を学びました。
今日はいよいよ、般若心経の最後を締めくくる言葉です。
「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」
(ぎゃてぎゃて、はらぎゃて、はらそうぎゃて、ぼじそわか)
般若心経を唱えたことがある方なら、このリズムに聞き覚えがあるかもしれません。
一緒に読み解いていきましょう。
この言葉だけは、翻訳されていない

般若心経の全文は、インドのサンスクリット語を中国語(漢字)に翻訳したものです。
ところが、この「羯諦羯諦〜」の部分だけは、翻訳されていません。
サンスクリット語の音を、そのまま漢字に当て字した形で残されています。
翻訳しなかった理由は「翻訳してしまうと、言葉の持つ音の力が失われてしまうから」と言われています。
意味だけでなく、音そのものに力がある——これが「真言(マントラ)」の本質です。
26日目で学んだ「音の力」が、ここで一番色濃く現れています。
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意味を読み解いてみよう

サンスクリット語での意味を確認してみましょう。
「羯諦(ぎゃて)」は「gate(ガテ)」——「行ける者よ」「往ける者よ」という意味です。
- 羯諦(ぎゃて)——行ける者よ
- 羯諦(ぎゃて)——行ける者よ(繰り返し)
- 波羅羯諦(はらぎゃて)——彼岸へ行ける者よ
- 波羅僧羯諦(はらそうぎゃて)——彼岸へ完全に行ける者よ
- 菩提薩婆訶(ぼじそわか)——悟りよ、幸あれ!
全体を訳すと——「さあ行こう、さあ行こう、悟りの世界へ行こう、みんなで一緒に行こう、悟りよ、幸あれ!」
難しいお経の締めくくりが、こんなにも前向きな呼びかけだったとは、驚きませんか。
「行ける者よ」——誰への呼びかけか

「行ける者よ」は、誰に向けて言っているのでしょうか。
諸説ありますが、私はこう感じています。
これは、この言葉を唱えるすべての人への呼びかけではないか、ということです。
般若心経を唱えるあなた自身が「行ける者」であり、悟りの世界へと向かえる存在だ——そう語りかけているのかもしれません。
難しい教えを25日間かけて学んできた先に、最後は「さあ、行こう」という力強い後押しが待っていた——般若心経のこの構成に、深く感動します。
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「羯諦」を二度繰り返す理由
「羯諦羯諦」と、同じ言葉が二度繰り返されていますよね。
これには諸説ありますが、一つの解釈として——
一度目の「羯諦」は、自分自身が悟りへ向かうこと。
二度目の「羯諦」は、他の人々も一緒に連れて行くこと。
自分だけが悟るのではなく、周りの人も一緒に悟りへ向かう——それが「菩薩」の姿勢でしたよね。
7日目で学んだ「菩薩は、修行しながら人々を救う存在」という話を覚えていますか。
この繰り返しには、自分と他者が一緒に歩んでいくという、菩薩の精神が込められているんだと思います。
「菩提薩婆訶」——悟りよ、幸あれ
最後の「菩提薩婆訶(ぼじそわか)」は、悟り(菩提)への祝福と感謝を表す言葉です。
「薩婆訶(そわか)」はサンスクリット語の「svāhā(スヴァーハ)」の音写で、「幸あれ」「成就せよ」という意味の決め言葉です。
般若心経は「悟りよ、幸あれ!」という明るい祝福の言葉で締めくくられているんです。
長い教えの最後が、静かな宣言ではなく、前向きな祝福で終わる——これが般若心経の温かさだと感じます。
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お遍路の最後に感じた「さあ行こう」
88番大窪寺でゴールを迎えたとき、「終わった」という感覚よりも「また歩き出せる」という感覚の方が強かったのを覚えています。
88カ所を巡り終えた後、多くのお遍路さんは1番札所へ戻り、もう一度旅を始めると言います。
終わりがゴールではなく、また新たな始まりへと続いていく——そのサイクルは、「羯諦羯諦」の精神に似ています。
「さあ、また行こう」——その繰り返しの中に、人生の歩み方のヒントがあるのかもしれません。
この言葉は、声に出して感じるもの

「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」——ぜひ、声に出して読んでみてください。
意味が分からなくてもいい。上手く読めなくてもいい。
このリズムに身を任せて声を出すとき、般若心経の260文字の旅が、音として体の中に通っていく感覚があります。
お寺で、あるいは日常の中で、一度声に出して唱えてみてください。
この講座を一緒に歩んできた今なら、最初に唱えたときとは違う響きを感じてもらえるはずです。
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今日のまとめ
お疲れさまでした。
今日は「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶」——「さあ行こう、悟りの世界へ、幸あれ!」という般若心経の締めくくりの言葉を学びました。
この部分だけ翻訳されずに音として残されているのは、言葉の音そのものに力があるからだということ。
今日一番伝えたかったのは、難しい教えの最後が「さあ行こう」という前向きな呼びかけで締めくくられているという、般若心経の温かさです。
- 「羯諦」=「gate(ガテ)」——行ける者よ、という意味
- 全体の意味:「さあ行こう、悟りの世界へ、みんなで、幸あれ!」
- 翻訳されていないのは、音そのものに力があるから
- 「羯諦」の繰り返しには、自分と他者が一緒に歩む菩薩の精神が込められている
- 「菩提薩婆訶」=悟りよ、幸あれ!という明るい祝福の締めくくり
次回28日目は「お遍路のお接待と般若心経——人は支え合って生きている」です。
27日間かけて学んできた般若心経の智慧が、あのお遍路の旅のどこに宿っていたのか——改めて振り返ってみましょう。
お楽しみに😊






