19日目では「無智亦無得」——智慧もなく、得るものもない、という言葉を学びました。

 

今日はここから、般若心経の流れが大きく変わる、とても大切な部分に入ります。

 

「以無所得故(いむしょとくこ)」——得るものが何もないからこそ。

 

8日目から19日目まで、長い「無」の連続を一緒に読み解いてきました。

その長い旅の先に、般若心経はようやく一つの結論を見せてくれます。

一緒に見ていきましょう。

 



長かった「無」の連続が、ここで一区切りする

振り返ってみましょう。

 

  • 8〜12日目:五蘊(色・受・想・行・識)はすべて空である
  • 13〜15日目:不生不滅・不垢不浄・不増不減
  • 16〜17日目:六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)も空である
  • 18〜19日目:四諦も、智慧も、得るものも、すべて空である

 

かなり長い道のりでしたね。

 

これだけ徹底的に「何もない、固定していない」と確認してきた末に、般若心経はようやく「だから」と次の話に進みます。

 

「以無所得故」は、これまでの長い「無」の連続を受け止めた上での、大切な転換点なんです。

 

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「得るものがない」のに、なぜ「だからこそ」なのか

少し不思議に感じませんか。

 

「得るものが何もない」というのは、普通に考えれば、少し寂しい話のように聞こえます。

でも般若心経は、そこに「だからこそ」という前向きな言葉をつなげています。

 

ここに、般若心経の核心的な発想の転換があります。

 

「失うものが何もない」と気づいたとき、人は初めて本当に自由になれる——般若心経はそう伝えているんです。

 

「失うものがない」という、究極の安心

少し具体的に考えてみましょう。

 

私たちが不安や恐れを感じるのは、多くの場合「失いたくないもの」があるからです。

 

  • 評価を失いたくない
  • 健康を失いたくない
  • 大切な人との関係を失いたくない

 

もちろん、これらを大切に思う気持ちは自然なものです。

でも、ここまで学んできた「空」の真理に立つと——

 

そもそも「永遠に固定して持ち続けられるもの」自体が、最初から存在していなかった

——そのことに気づくと、不思議と恐れが和らいでいきます。

 

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お遍路の終盤で感じた「身軽さ」

お遍路の旅も、終盤に近づくにつれて、不思議な感覚を覚えるようになりました。

 

最初は「最後まで歩けるだろうか」「無事にゴールできるだろうか」という不安がありました。

 

でも歩き続ける中で、結果への執着が少しずつ薄れていったんです。

「ゴールできなくても、ここまで歩いてきたこと自体に意味がある」

——そう思えるようになっていきました。

 

「得よう」「失いたくない」という気持ちが薄れたとき、足取りはむしろ軽くなっていったのを覚えています。

 

結果として40日間で完歩できましたが、その「結果」よりも、結果への執着が薄れていった過程の方が、今でも強く心に残っています。

 

リハビリで見る「執着が外れた瞬間」

作業療法士として、似たような瞬間に立ち会うことがあります。

 

「絶対に元の身体に戻さなければ」と強く思っていた患者さんが、ある時期から「今の自分にできることを大切にしよう」と感じ方を変えていく瞬間があります。

 

不思議なことに、その変化が起きた後の方が、リハビリの取り組み自体がうまく進むことが多いんです。

 

「結果に執着しなくなったとき、むしろ結果に近づいていく」——これは何度も目にしてきた現象です。

 

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「以無所得故」が開く、次の世界

般若心経は、ここから続けてこう言います。

 

「菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、心無罣礙(ぼだいさった、えはんにゃはらみたこ、しんむけいげ)」

 

現代語訳:「だから菩薩は、般若の智慧に基づいて、心に何の妨げもない」

 

「得るものが何もない」と気づいた先に待っているのは、絶望ではなく「心無罣礙(しんむけいげ)」

——心に何の引っかかりもない状態です。

 

次回はこの「心無罣礙」を、じっくり一緒に読み解いていきます。

 

これまでの長い旅が、ここでつながる

8日目から続けてきた長い「無」の連続。

正直、難しく感じる部分もあったかもしれません。

 

でも、その積み重ねがあったからこそ、ここで「以無所得故」という大切な転換点にたどり着けました。

 

焦らず一つずつ手放してきた道のりが、ここから心の自由へとつながっていきます。

 

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今日のまとめ

お疲れさまでした。

今日は「以無所得故」——得るものが何もないからこそ、という大きな転換点を学びました。

長く続いた「無」の連続が、ここで「だからこそ自由になれる」という前向きな話につながっていくということ。

今日一番伝えたかったのは、「失うものがない」と気づくことが、究極の安心につながるということです。

 

  • 「以無所得故」=得るものが何もないからこそ、という転換点
  • 「失いたくないもの」への執着が、不安や恐れの根っこにある
  • お遍路の終盤で、結果への執着が薄れて身軽になった体験
  • 結果への執着が外れたとき、むしろ結果に近づくことがある
  • 次回は「心無罣礙」——心に何の引っかかりもない状態へ

 

次回21日目は「心無罣礙——心に引っかかりがない状態とはどんな感覚か」です。

「得るものが何もない」と気づいた先に、般若心経はどんな心の状態を見せてくれるのでしょうか。

いよいよ、この講座も後半に入っていきます。

お楽しみに😊